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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)559号 判決 1975年12月25日

控訴人 株式会社大生相互銀行

右訴訟代理人弁護士 山根篤

同 山田岩尾

同 下飯坂常世

同 海老原元彦

同 広田寿徳

同 竹内洋

同 馬瀬隆之

被控訴人 坂本真澄

右訴訟代理人弁護士 保科善重

同 安藤一郎

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、被控訴人は控訴人に対し、金六百拾弐万二千六百参拾弐円および

(一)うち金四拾万円に対する昭和四拾弐年八月壱日以降

(二)うち金五拾七万二千六百参拾弐円に対する同年八月九日以降

(三)うち金百五拾万円に対する同年九月八日以降

(四)うち金百五拾万円に対する同年同月同日以降

(五)うち金弐百万円に対する同年同月弐拾四日以降

(六)うち金拾五万円に対する同年拾月五日以降

右各金員完済に至るまでの日歩金五銭の割合による金員を支払え。

三、控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

五、この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「主文第一項として原判決を取消す。同第二項(一)として、うち金四〇万円に対する昭和四二年三月一日以降右金員完済に至るまでの日歩金五銭の割合による金員を支払え。」との判決を求めたほかは、この判決主文第二項(二)ないし(六)および第四項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述および証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一である。

(事実に関する陳述)

控訴代理人

仮に被控訴人名義でなされている本件保証契約が被控訴人の承諾を得ることなく訴外中島トラ江によって擅になされたものであるとしても、控訴人は右トラ江が被控訴人を代理して、同人名義で控訴人と右保証契約を締結する権限があると信ずべき正当の理由がある。即ち

被控訴人は昭和四〇年七月二六日頃住宅金融公庫から金員を借入れるに当り、中島トラ江を代理人と定めて、右金員借入に必要な一切の権限を付与し、同人は右権限に基いて、住宅金融公庫の代理人である控訴人と被控訴人との間における金員借入契約を締結しているのであるが、これは被控訴人が、中島トラ江に対し被控訴人名義で住宅金融公庫からの金員借入契約を締結する代理権を付与した旨を、同金庫代理人である控訴人に表示したものであるが、被控訴人は、右契約成立以後においても中島トラ江に対して被控訴人の実印を使用することを許していたため、トラ江は右実印を使用して被控訴人の印鑑証明書(甲第一三号証および第二三号証の二)を入手し、右実印および印鑑証明書を利用し、かつ被控訴人から同人名義で保証契約を締結することの代理権を与えられている旨を明言して、同人名義で控訴人との間で、昭和四〇年九月六日付の債務者訴外株式会社西野工務店(以下訴外会社という。)の控訴人に対する金二〇〇万円の借入金債務に関する連帯保証契約(甲第二五号証)および昭和四一年三月四日付の債務者訴外会社の控訴人に対する金一五〇万円の借入金債務に関する連帯保証契約(甲第四号証)並びに昭和四一年八月一日付の控訴人と訴外会社との間における継続的な手形割引契約、貸付契約、当座貸越契約、債務保証契約、相互掛金契約(本件契約)に基く訴外会社の一切の債務に関する連帯保証契約(本件保証契約)(甲第二号証)を締結したのであるから、控訴人において、中島トラ江が被控訴人の代理人として同人名義をもって本件保証契約を締結する権限があると信じたことは正当の理由があるものというべきであり、従って被控訴人は民法第一〇九条または第一一〇条の規定に基き本件保証契約上の責任がある。

被控訴代理人

(一)控訴人の表見代理の主張は否認する。

(1)被控訴人は、住宅金融公庫から金員を借入れるための手続を中島トラ江に代行させたに止まるものであって、同人に代理権を付与したことはない。仮に代理関係があるとしても行為の相手方は住宅金融公庫であって控訴人ではなく、かつ昭和四〇年八月二六日をもってトラ江の代理権は消滅している。のみならずトラ江の代理権は被控訴人の住宅資金の借入れであって、他人の債務の保証に関する権限を含まない。

(2)被控訴人は中島トラ江に、被控訴人の実印を使用する権限を与えたことはない。被控訴人は前橋信用金庫から預金を払戻すときにトラ江を使者として使用し、同人に被控訴人の実印を渡したにすぎない。控訴人の主張する各保証契約および印鑑証明書の入手は、すべて被控訴人に無断でなされた印鑑盗用によるものである。

(二)仮に控訴人の表見代理の主張が認められるとしても、控訴人は本件保証契約を締結するに当り、被控訴人について保証の意思の有無を容易に調査し得たにもかかわらず、これを怠ったことは重大な過失というべきであるから、控訴人は中島トラ江に被控訴人を代理すべき権限があると信ずるにつき、正当の理由があったものということはできない。

(証拠)<省略>

理由

(一)<証拠>を総合すると、

被控訴人の妻坂本つや子と訴外西野希智雄の妻西野トラ江(後に離婚して旧姓中島トラ江に復したが、引続いて希智雄と同棲)は姉妹で、被控訴人と希智雄は義兄弟であったところから、希智雄が昭和三七年頃訴外会社を設立してその代表取締役となった際、被控訴人は希智雄にたのまれて右会社の取締役に就任したが、昭和四一年三月四日頃希智雄から訴外会社が控訴人から金一五〇万円を、弁済期は同年八月から昭和四二年一〇月まで毎月末日限り金一〇万円宛分割して支払う、利息は日歩金二銭六厘とし、昭和四一年三月四日以降毎月末日限り支払う、右割賦元金および利息の支払を一回以上怠ったときは、直ちに期限の利益を失う、遅延損害金は日歩金五銭とする等の約定で借入れるに当って連帯保証人となることを依頼されてこれを承諾し、希智雄が持参した右趣旨の金銭消費貸借の内容を記載をした昭和四一年三月四日付借用金証書(甲第四号証)の連帯保証人欄に、被控訴人の住所、氏名をトラ江に代筆させたうえ、その名下に被控訴人みずから押印し、これに基いて訴外会社は控訴人から金一五〇万円を借用したこと、その後昭和四一年八月一日訴外会社は控訴人との間で新たに継続的手形割引契約、継続的貸付契約、継続的当座貸越契約、継続的債務保証契約および継続的相互掛金契約(本件契約)を締結するに当って、右契約に基く訴外会社の債務につき連帯保証人を必要としたため、希智雄は被控訴人に対して、右契約に基く訴外会社の債務につき、元本極度額金二、〇〇〇万円として連帯保証人となることを依頼したところ、被控訴人は右依頼を承諾し、右同日右契約に関する相互銀行取引約定書および同念書を作成するために必要な被控訴人の実印を妻つや子に交付して、トラ江と共に控訴銀行に赴かせ、同銀行において右相互銀行取引約定書(甲第二号証)および念書(甲第三号証)中の各連帯保証人欄に、トラ江をして被控訴人の住所、氏名を代筆させたうえ、その名下につや子に持参させた被控訴人の実印を押捺させて、右取引約定書による訴外会社の債務につき元本極度額金二、〇〇〇万円とする連帯保証をしたこと、訴外会社は右相互銀行取引約定書に基いて控訴人から手形貸付の方法によって、

(1)昭和四二年五月一一日金三五〇万円を弁済期同年八月八日として、

(2)昭和四二年五月一一日金一五〇万円を弁済期同年九月七日として、

(3)昭和四二年五月一一日金一五〇万円を弁済期を同年九月七日として、

(4)昭和四二年六月二七日金二〇〇万円を弁済期を同年九月二三日として、

(5)昭和四二年七月七日金一八〇万円を弁済期を同年一〇月四日として

遅延損害金はいずれも日歩金五銭の割合として、それぞれ借入れするとともに、その都度振出人を訴外会社、連帯保証人を西野希智雄および被控訴人とし、貸付日を振出日、弁済期を支払期日とする約束手形を控訴人あて交付したが、右手形上の被控訴人の住所、氏名はトラ江または訴外会社事務員訴外木下雅江が代筆し、その名下の被控訴人の印章の押捺については、その都度トラ江が被控訴人に連絡して、同人の承諾を得たうえ、同人の勤務先で同人から直接に、或いは同人の自宅に赴いて同人の妻つや子から、または直接訴外会社につや子が被控訴人の実印を持参することによって、それぞれ右被控訴人の実印の押捺を得たこと、およそ以上の事実が認められ、原審証人坂本つや子、同木下雅江、同吉竹政枝、同吉竹竜二、同横山松次および同西野希智雄(第一、二回)の各証言並びに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果のうち上記認定と牴触する部分は前記各証拠と対比してたやすく措信し難く、また郵便官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分は原審における被控訴人本人尋問の結果によって真正に成立したものと認められる乙第二号証、第四号証および第六号証の各一の記載も上記認定を覆えすに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、被控訴人は控訴人との間の連帯保証契約に基き、訴外会社の控訴人に対する債務のうち、原判決添付債権目録(一)ないし(六)記載の債権の残額および約定遅延損害金の支払義務があるというべきである。

(二)被控訴人は、訴外会社の控訴人に対する原判決添付債権目録記載の各債務の支払いに代えて訴外会社が第三者に対して有する右債務額以上の債権を控訴人に譲渡したから、訴外会社の控訴人に対する右債務は消滅したと主張し、原審証人西野希智雄(第一、第二回)は右主張に副うが如き供述をするが、右供述自体極めて不明瞭であるのみならず原審証人室田直忠および同大沢国雄の各証言、右室田証人の証言によって真正に成立したものと認められる甲第一五号証の一ないし三および第一六号証(第一五号証の一および第一六号証のうち郵便官署作成部分の成立は、当事者間に争いがない。)の各記載と対比してたやすく措信することはできず、他に右債権譲渡の事実を認めるに足りる証拠はないから、被控訴人の右債権譲渡による代物弁済の主張は理由がない。

次に被控訴人は訴外会社の控訴人に対する原判決添付債権目録記載の各債権は時効によって消滅した旨を主張するが、右各債権は、いずれも金銭消費貸借による債権であって、五年の商事時効の適用があるものと解すべきところ、これらの各債権の履行期が到来した昭和四二年から五年以内である昭和四五年三月二日連帯保証人である被控訴人に対し本訴が提起されたことは本件記録上明らかであるから、本訴の提起によって、主債務者である訴外会社に対する関係においても時効中断の効力が生じたものと解すべきであるから、被控訴人の右消滅時効に関する主張は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

(三)してみれば被控訴人は控訴人との間の連帯保証契約に基いて、訴外会社の控訴人に対する債務のうち、原判決添付債権目録(一)記載の債権のうち控訴人が既に弁済を受けたことを自陳する金員を控除した残債権金四〇万円およびこれに対する遅くとも訴外会社が期限の利益を喪失した日の翌日と認められる昭和四二年八月一日以降右金員完済に至るまでの日歩金五銭の割合による遅延損害金、および同目録(二)ないし(六)記載の各債権のうち同じく控訴人が既に弁済を受けたことを自陳する金員を控除した同目録記載の各残額およびこれに対する各弁済期日の翌日から完済に至るまでの日歩金五銭の割合による遅延損害金を各支払う義務があるというべきである。

よって、右と結論を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八四条第二項および第三八六条の規定によって原判決を変更すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条および第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)

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